米、ルール、価値観(フィールドノート2026Jan04)
先ほど、米を炊くレシピを紹介して、スシライス、ジャスミンライス、バスティマライス、の違いにも言及したのですが、米の炊き方食べ方と価値観の話。
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さて、日本のパスタは不味い。日本製のパスタ、ということ。ピザも、また。
なぜなら、日本ではパスタはソースを食べるものだから、らしい。ピザも同じ。これは、日本以外での米、というものの取り扱いと同じ、だと思う。
ちなみに、カナダ産のパスタも不味い。理由は同じ、だと思う。
日本文化的には、米は米の味を味わうためのもの、という前提がある気がする。
2
しかし、日本で作られた米なら、そもそも何でも美味い、わけではない。古かったり、品質管理がきちんとされていなかったり、劣価だからとか、色んな理由があるだろうし、食べる場所にもよる。大衆食堂で濃い味付けの丼やカレーに、米そのものの美味さを求める人は、そんなにいないのでは。速さ、塩分補給、などが優先な気がする。
しかも、意識している時と、そうでもない時の味覚も、同じではない。
でも、米が美味しかったら、より良いし、そうあってほしい、という期待は常に潜在的にでも、ありそう。
(塩辛いものを一律に悪いとする日本的健康感も同じ。汗をかき、身体それ自体が疲労する労働には、塩分補給は必須、である。また、そういうのは、体質にも依存する。しかし、取りすぎは良くないのは本当で、取らない方がいいという期待が、個別具体的妥当性とは別に、常にある。
得に、酒飲みには。アルコールとの相乗効果で。しかし、飲酒そのものへの批判は、日本的には避けたいもの、らしく。)
そういう色んな前提をすっ飛ばし、日本では米はそれ自体を味わうものだから、みんなそういう食べ方をしているはずだし、他の米を食べる文化もまた、同じに違いない、と考えるのは、ちょっと乱暴すぎる。
文化とは、潜在的にある期待のあり方のこと、だったとしても。
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中国も米を食べる文化圏だが、基本的には、米はサイドディッシュ。扱いが。なので、それ自体を食べる時には、米自体に味がついている、ということを期待する。そうであるなら、栽培や品種も、それに依存し、味は、それに連動する。
多くの米を食べる文化圏もそんな感じで、米を食べる文化圏は、一般的想像よりずっと多い。パエリアも、リゾットも、ライスサラダも、ライスプディングも、ココナッツをかけるデザートも、それぞれの米を食べる文化のもの、である。日本国内でも、おはぎは、餅米では作らないし。
なので、炊き方は、それぞれの文化の、それぞれの料理の作り方に依存する。状況などが、これに加わり、実情はより多様。
しかし、だからこそ、スシは、国際的に評価されるし、人気である。米それ自体に味付けがされているから、だ。
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さて、みんな同じはず、という日本的期待は、かなり強くて、これが色んなところでコンフリクトを引き起こしている。
例えば、SNSでも。
noteで、読んで良かったものにイイネする、というのは、ある人びとの使っているルールで、そうであるはずという期待があるとも思うが、現実とは違う。
色んな理由で、色々な、それぞれのルールで、イイネはなされている。
しかし、そういう前提を持たないと、「誰かが執拗にイイネする嫌がらせをしている、通法し、ブロックし、報復せねば」みたいな感じになる。
いやいや、実際に、それをしている人は、イイネしている相手である、その人自体が誰か分かっていないことの方が多いと思うし、イライラする自分の日常を拡散しなくてもいいのにな、と、私は思う。
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国際問題も、異文化摩擦も、ネット上のギスギスも、近所の人との関係も、多くの根は共通している、のでは。
みんな同じはず、という前提を自分が持っていないか、それを不用意に使っていないか、点検を欠かさないようにしたいと、わが身を振り返る、そんなバンクーバーの深夜、です。
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