マルタイエスノグラフィは当事者研究の脱日本バージョン(フィールドノート2026Jan10)
そういう言い方もできるかも、というインターディシプリナリーの博士学位論文構想の続き。
まず、社会学と人類学、その他の行動科学の差異を考え、共通点をフォローすると、いわゆる「当事者研究」というのは、オートエスノグラフィの社会的側面の強調点のあるもの、だろう。
しかし、人類学も、個々人からコミュニティへグレードアップ?ミクロ志向からミクロマクロリンクに向かうやり方に成功していない。
Duoエスノグラフィだと、コミュニティのものと、と言うのは、まだ難しい。
社会学的には、エスノグラフィと理論の架橋にまだ成功していない。エスノメソドロジーのメインストリームはエスノグラフィを評価していないし、理論とは何かを考えることそれ自体、に躓いている、と思う。概念分析と呼ばれているものも同様。
それと関連して、アプライドな研究の位置づけに失敗している。
また、上のどれも、研究はコミュニティのために何ができるか、のプレゼンに成功しているように思えない。
これらのマッピングのし直し、OSのバージョンアップをマルタイエスノグラフィだと位置づける、という言い方ができるかな、と思ったので、めも。
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