オーティスティックは異文化と等価(本日のオーティスティック 3)

日系のお姉さんと話していて、ハイコンテクストとローコンテクストという文化の違いの話になった。

彼女が、カナダでは、仕事中に「これやっておいてね」とだけ言われたら、何時でも良いんだな、つまり締め切りはずっと先なんだな、と思われて、確実に放ったらかされる、というのをローコンテクストの例として挙げていた。

それを聞いて、「何時までに」という指定がないのは、「すぐやれ」の意味で、英語のASAPですらない、というのがルールなせいだよな、と思った。

むしろ後でも良かったら、「後でいいから、これやっておいてね」になる。

くわえて、日本ではBDSMが、合意形成の上で特定の人たちの楽しみとして行われるもの、であるよりもむしろ、日常生活の基盤だ、という繰り返し書いてきたことを、また思い出した。

つまり、「これをやっておいてね」は、コマンドなんである。ドムにやれ、と言われて、次回のことではない、のと同じ。もう少し分かりやすく言うなら、主人が「お座り」と言ったら、犬は、今ここ、でお座りしろと指示されている、と理解するべきである、のと同じ。

なので、オーティスティックなのは異文化人だ、ということだし、多様性の問題だ、と考えるのが妥当だ、というEDIの妥当性が分かりやすい例だ、と思った。

なお、EDIとは、Equity, Diversity, and Inclusionという、指針のこと。念のため。

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